東京家庭裁判所 平成4年(家)5093号 審判 1992年9月18日
申立人 クラークソン・サムエル
相手方 クラークソン・陽子
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 本件申立の要旨
申立人と相手方とは平成元年12月27日東京都練馬区長に対し婚姻届をなした夫婦であり、平成2年8月9日申立人と相手方が居住していた連合王国ロンドン市において長男和正が出生した。ところが相手方は、平成3年5月13日申立人が勤務のため外出中、勝手に和正を日本の相手方の両親方へ連れ出した。
しかし、申立人は、和正を連合王国から連れ出すこと、日本に居住させることにはいずれも反対であり、申立人に和正を引き渡すことを求める。
2 当裁判所の判断
当庁家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書、調停期日立会報告書各2通及び本件記録、当庁平成3年(家イ)第××××号夫婦関係調整調停事件記録並びに申立人に対する審問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 申立人は、平成元年5月ころハンガリ一を旅行中、ブタペストにおいて留学生としてピアノ演奏を勉学中であつた相手方と知り合つて交際を始め、同年7月相手方は日本に帰国し、8月には申立人も来日して両者は婚約し、同年9月に申立人と相手方とはロンドン市内において同棲するに至った。
(2) 両名は、日本の方式による婚姻を希望し、平成元年12月来日して、同月27日婚姻届を了し、両者の婚姻が成立した。
(3) 申立人らは、再びロンドン市に戻つて同居し、申立人の先妻の子(アーサー・ヤスユキ)も同一建物に居住しており、一家の生計は、申立人の高校の臨時教師としての収入で賄われていたところ、申立人は、相手方に最低限の食費しか渡さなかつたため、相手方は、実家から月平均5万円ないし10万円の援助を受けて生活を維持する状況であり、平成2年8月9日に和正を出産したが、その費用約100万円も相手方の父母が支払つた。
(4) 相手方は、上記のように経済的に実家を頼らざるをえない生活と申立人の性格に耐えられないことに加え、前記ヤスユキが自宅で麻薬パーテイーを開いたことから、申立人との生活を断念して平成3年5月13日、和正を伴つて肩書住所地である両親の下に身を寄せた。
(5) 申立人は、平成3年7月来日し、相手方の両親が準備した部屋で相手方及び和正と3人で生活したが、夫婦は和合できず、結局、同年8月23日申立人は、ロンドン市に戻つた。
その後相手方は、代理人を介して離婚の決意を申立人に伝えた。
(6) 申立人は、平成3年11月15日本件の調停(当庁平成3年(家イ)第××××号事件)を申し立て、また、相手方も同年12月16日申立人との離婚を求めて調停(前記(家イ)第××××号事件)を申し立てた。
(7) 両事件の調停期日は3回開かれたが、3回目の調停期日には申立人が離日して欠席し、両事件とも不成立となつて、本件は、審判に移行した。
(8) 和正は、平成3年5月13日以来前記(5)記載の時期を除き、相手方の両親及び相手方と4人で相手方の両親所有の2階建家屋において生活しており、相手方は、和正の養育に専念し、生活費は、会社顧問の父とピアノ教師の母から援助を受けているが、相手方の両親は、経済面で恵まれており、相手方と和正との生活は経済的に不自由はなく、和正は、相手方及び相手方の母に特に親和的であり、両名の庇護の下で順調に成育し、心情的にも安定した状態にある。
(9) 申立人は、ロンドン市における臨時教師の資格を喪失していないというものの平成4年6月ころから現在に至るまで定職はなく、生活の本拠も安定しておらず、和正と共に居住したいというハンガリー所在のアパートは、平成3年4月に相手方の実家の出捐により相手方が購入した物件であつて、申立人自身は、ロンドン市内に賃借中の建物があるのみで、預金1000ポンドのほか見るべき資産はない。
ところで、和正は、日本国と連合王国の両国籍を有し、母である相手方とともに肩書住所地に住所を有する者であるから、別居しているが婚姻中の夫婦間で、夫が妻に対し子の引渡を求めている本件については、我が国に裁判管轄権があり、当裁判所の管轄に属するものということができ、また、法例21条、28条但書により我が国の民法が適用されるべきである。
そこで上記認定の事実関係のもとに審案するに、現在の和正の養育監護の状態は、良好といえるのであり、監護に欠けるところはない。また、同児の年令、申立人及び相手方の生活状況に照らしても、現時点で和正を申立人に引き渡さなければならない事情は見当たらない。
よつて本件申立ては理由がないから却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 合田かつ子)